東京都調布市にある、電気通信大学。情報系、融合系、理工系の学域があり、学生の実践的な専門知識と革新的創造力を養っています。今回は、「共創進化VRキャンパス」プロジェクトに取り組む、柏原昭博氏と島崎俊介氏にお話を伺いました。
教授
情報理工学研究科 情報学専攻
教育研究評議会評議員
附属図書館館長
eラーニングセンター長
博士(工学)
柏原 昭博 氏
― 御校が掲げる「共創進化スマート大学」とはどういったものでしょうか。
本校では、これから私たちが迎えるSociety 5.0の世界を、人間知・機械知・自然知の融合により新たな価値を創造し様々な課題を自律的に解決しながら発展し続ける「共創進化機能」を内包した未来社会、すなわち「共創進化スマート社会」と位置付けています。
こういった社会を迎える中で本校は、自らもこの理念を実現する共創進化スマート大学になることを目指しています。この共創進化スマート大学の中でも、中核を担う一つとなっているのがVRキャンパス構想です。
― VRキャンパス構想とはどのようなものですか?
メタバース空間にキャンパスを構築し、そこで講義などの知的活動を行います。現在、多くの大学では対面授業かZoomなどを使ったオンライン授業の二択なっていますが、第三の選択肢としてVRキャンパスでの活動が可能になります。
― この構想は、いつごろから検討し始めていたのですか?
2020年ごろです。コロナ禍でのオンライン教育を、本格的にスタートしたことがきっかけとなりました。以前から補助的にオンライン教育に取り組んでいましたが、学生の通学が難しくなったことから全面的なオンライン指導に舵を切りました。
当時本校で使っていたのが、LMS(learning management system)と呼ばれる学習管理システムです。まずはこれを活用し、Zoomも用いて、遠隔にいてもリアルタイムで講義ができるようになりました。学生も教員も大きな問題なくこれらを利用できたのは、大学の性質上、教員・学生ともICTスキルが高かったことがポイントです。また、システムの専門知識がある教員も多いので、様々な工夫を凝らすことで、システムダウンが起こることもなく円滑に遠隔授業を進めることができました。
― スムーズなオンライン教育への移行ができた中で、なぜあえてVRキャンパスを構築しようという提案が生まれたのでしょうか?
Zoomを使った教育は、通常講義には対応できても、実習や実験への対応は非常に難しいです。そして何より、相手の状況が把握しにくく、多くの学生を孤立させてしまっていました。
オンライン教育が進むほど学生の孤立が進み、周囲に助けを求められない状況に陥っていたのです。大学に来て対面で講義を受けていれば、すぐ横に友達がいて相談や議論ができますし、試験前には情報交換もできます。それができずに助けもない中で、授業をドロップアウトする学生が例年より増えていました。
このように学生が孤独を感じたまま授業が進むことは、非常に大きな問題です。技術力を持つ大学として、この問題を解決できないか考えました。
そこでVRキャンパスの構想が生まれ、講義だけでなく実習や実験も遠隔でできるように環境を作り、より高度な遠隔授業の実現を目指してプロジェクトが開始されました。
― VRキャンパス構想は、どのように進んでいきましたか?
学生の孤立という問題と同時に、大学全体で共創進化スマート社会構想が持ち上がりました。この構想の中で、学生や教員、大学や地域といった区別なく、連携した共創進化スマート大学を目指すことになり、その一環としてより高度なオンライン教育に取り組むことになりました。そこで2021年ごろに具体的に出てきた案が、VRキャンパスです。
― 大学として、VRキャンパスを構築して学生に提供しようとしたのですね。
実は、コンセプトとしてはその反対です。大学が現実の空間を拡張したり仮想キャンパスを提供したりするのではなく、学生が主体となる空間を想定しています。自分たちがどういうキャンパスにしたいかを考えてもらい、教員も参画して共にキャンパスを作れないかという発想に基づいています。
また、メタバース空間のキャンパスではありますが、対面の持つメリットも重要視しています。
― 対面の持つメリットとはどんなものですか?
存在感があることです。遠隔の学生にも、本当にそこに存在するようなリアルな感覚を持たせることはオンライン教育でも重要なポイントです。対面の環境をいかに遠隔で再現するか。そして、対面と遠隔空間をいかにハイブリッドでつなぐかについて検討しました。
具体的には、教室に大画面を置いて遠隔にいる学生たちを投影し、教室にいる人間を映します。そこで空間を共有しながら、遠隔の学生が教室にいるかのような空間を作り上げます。
更に、画面越しには感じにくい存在感を持ってもらうために遠隔から操作できるロボットを置きます。ロボットは、例えば、話しかけたい人のもとに歩き、その人の前で止まって、近い距離で話せるのです。つまり、ロボットを通じて自分の存在感を投影します。
これで実体を伴うコミュニケーションができますし、Zoom越しとは異なる感覚が得られます。このような、対面と遠隔の両方を活かせるハイブリッド空間は、大きなメリットとなります。
学術技師
教育研究技師部 実験実習支援センター
Ⅰ類(情報系) 情報・ネットワーク工学専攻
教育用計算室 管理者
技術経営修士(専門職)
島崎 俊介 氏
― そういった取り組みが、学生さんの孤立を防ぎますね。
はい、加えて教室の中で生まれる「偶然性のある出会い」も大切な要因と考えます。そして,学生が自由に集まってPCをつなぎ、大画面越しに議論を受けること。ロボットを通じてリアリティのあるコミュニケーションができること。こういったことから臨場感を持ってもらい、学生が孤立する状況を防ぎたいと考えています。
― VRキャンパス構想はその後、どのように進んだのですか?
2021年度に大型の政府補正予算が措置されることになり、これを受けて2022年に入札公告し、9月末に契約業者として三谷商事に決定。2023年3月末にシステム導入が完了する予定です。
― VRキャンパスが本格導入される際、学生さんや先生方にはどのようなレクチャーをされる予定ですか?
あまり細かいところまで指導するのではなく、最低限の使い方を共有する予定です。例えば,新しいシステムやアプリを使うとき、マニュアルをしっかり読む人と、まずは使ってみて問題が起きたらそこで説明書を読んだり人に聞いたりする人がいます。
ITスキルを伸ばすうえでは、後者のようなタイプであることが重要と考えています。本学としても、そのような人材の育成に取りくんでいます。
― VRキャンパスが導入された後、孤立の防止以外にはどのような効果がもたらされるでしょうか?
大学におけるクリエーション(創造)の機会が最大化されます。単なる知識伝達ならZoomで十分ですが、アイディアや考え方をぶつけあって新たな考え方を見出したり、人と共同で何かを作るといったようなクリエーション活動のためには、Zoomでは力不足です。
やはり、VRアバターやロボットなどを通じて相手の存在を感じながら、コミュニケーションする必要があります。創造的な商品やサービスを生み出すような企業では、リモート勤務が取り入れられているものの、クリエーション活動は対面で実施されているとお聞きします。
(参考)VRキャンパス デモ動画
― 講義や演習以外のシーンでVRキャンパスを活用することはできますか?
基本的には学生生活の知的活動に活用してほしいと考えていますが、そこに限定するわけではありません。たとえば、VRキャンパスでのオープンキャンパスも想定しています。さらに研究室を公開して、地域の方や企業の方に本学を訪れて頂きたいと考えています。「大学」と聞くとリアルでは敷居が高くても、メタバース空間であれば気軽に出入りできるのではないでしょうか。
― 本プロジェクトにおいて、担当者の方がもっともモチベーションとされているのはどんなことですか?
VRを一部の授業やオープンキャンパスで導入している大学はありますが、私たちは本当のキャンパスと同じような位置付けでVRキャンパスを活用しようとしています。これは世界的にも珍しく、やりがいがあります。
また、対面授業とオンライン授業以外の選択肢が増えることで、インタラクティブかつ本校らしい電気通信を使った学び方ができる点も、モチベーションの一つです。
さらに、本来キャンパスというものは建て替えなどが難しく、スタティックです。しかしVRキャンパスならすぐにダイナミックな変化を加えられます。エクステンダブル(Extendable)、アダプティブ(Adaptive)、サステナブル(Sustainable)なキャンパスを構築できます。
現実空間の先に、バーチャルな空間がシームレスにつながり、それがダイナミックに機能して学生が気持ちよく学べる環境を作りたいと思っています。
― 本構想における5年後、10年後の想定は何かありますか?
技術的には、現在はWindows OSのみで活用できる仕組みになっているので、Mac OSでも動かせるようにしていきます。
また、かつて大学は「ジャングル」のようだと見られていたと思います。多様な人材がいて、自由に研究できる一方で、大学の中で何が行われているのか、どんな研究がされているかが外部には見えにくかったと考えられます。しかしそれこそが、大学の良さでもありました。一方で、近年大学の透明化が進み、今ではその良さが失われています。
そこで、「ジャングルのよう」だと形容された大学の良さを取り戻しつつ、VRキャンパスを通じて、この「ジャングル」の中にどんな人がいて、何をしているのかをしっかり見せていきたいです。それが大学として社会貢献につながると思います。数年後には、VRキャンパスが地域との連携や社会との入口の役割を果たせたらと思っています。
― 本構想では、地域というのが一つのキーワードになりそうですね。
はい、地域の方には、大学は常に新しい時代に生きていることをぜひ知っていただきたいです。そしてぜひ、大学を「知のジャングル」のままにさせてくださいとお願いできればと思っています。そのジャングルの中をVRキャンパスを通じて見ていただき「大学は面白い」と思ってもらえたら嬉しいです。
― これから本格導入されるのが楽しみです。ここで、本プロジェクトにおける三谷商事の対応につきまして、ご意見をいただけますか?。
こちらが色々な要望をお願いしたり、一緒に様々な議論をしたりするなかで、技術的にもしっかりとついてきてサポートしていただけました。こちらが「こういう構成にしたい」と相談したとき、専門の事業者につないでもらうこともありましたが、そのセレクションにも満足です。また、大学組織への理解がある点も助かりました。
― ありがとうございます。最後に、VR等を活用したいと考えている他大学へのメッセージをお願いします。
VRはメディアの新奇性が目立ちやすく、そういった面をマスコミにも取り上げられがちです。しかし実際に、5年、10年と活用されるサステナブルな仕組みにすることは簡単ではありません。短期的に目立ったものとしではなく、長期的に使えるかどうかが、VRベースの学習・教育支援のポイントになります。
大学においてVRをサステナブルに使うためには、「学生を孤立させない」「偶然の出会いを作り出す」「協調を生み出す」という仕組みが必要です。その点をしっかり考えることがVRを使うポイントなので、ぜひ参考にしていただければと思います。
大変な面もありますが、リアルですべてを完結させることが難しい時代になってきた今、こういったプロジェクトに取り組むことには意義があると思っています。
国立大学法人 電気通信大学
所在地:東京都調布市調布ヶ丘1-5-1
TEL: 042-443-5000
https://www.uec.ac.jp/
設立:1949年
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