研究として正しいだけでは、現場には適用できない
学習分析への関心は高まっている。LMSや各種学内システムに蓄積されたデータを活用し、授業改善や学生支援につなげようとする動きは、今後ますます広がっていくだろう。学習分析分野で世界トップレベルの学会 SoLAR は、学習分析を「学習者とその文脈に関するデータの測定・収集・分析・報告を通じて、学習と学習環境を理解し最適化すること」と定義しており、学習分析は単なるデータ分析や可視化ではなく、教育改善に向けた実践的な営みとして位置づけられている。
しかし、教育現場において学習分析は、研究段階では経験しない、別の難しさに直面する。データの集計や分析はできても、それが教育現場の改善に必ずしも結びつかないのである。ダッシュボードを整備した、学習ログを集めた、学生の行動を可視化した、という機能が実装できても、その先の「では、誰がそれを読み、何を判断し、どのように授業改善や学生支援に結びつけるのか」が曖昧なままでは、学習分析は現場に根づかない。既存の連載でも、学習分析とは何か、何ができるか、なぜ必要か、どこから始めるかといった論点はすでに丁寧に整理されている。だからこそ次の段階では、学習分析を「研究として正しい」だけで終わらせず、「現場で使われる仕組み」としてどう設計するかを考える必要がある。
ここで重要なのは、研究としての正しさと、現場で実効性を持つ仕組みとは必ずしも同じではない、という点である。学習分析の研究では、精度の高い予測モデルや、新しい分析手法、興味深い学習行動の特徴が示されることが多い。もちろん、こうした知見は学術的に大きな価値を持つ。しかし教育現場で必要なのは、統計的に正しい分析に加えて、教員や職員が理解し、解釈し、行動に移せる形で示される知見である。研究として優れていても、現場の担当者が「それで何をすればよいのか」を判断できなければ、教育改善にはつながらない。むしろ、現場では完璧な分析よりも、意思決定に使える適切な分析の方が価値を持つ場面が少なくない。
そのため、現場導入で最初に設計すべきなのは、実はデータそのものではなく、目的である。学習分析の現場導入では、「取れるデータは何か」「それをとりあえず可視化する」というビッグデータのアプローチを取ると、目的が迷走しがちである。これに対し、どの教育課題を改善したいのか、誰がその結果を使うのか、といった仮説や目的の言語化を先に行うことで、迷走を防ぐことができる。目的が授業改善なのか、つまずきの早期把握なのか、履修継続支援なのかによって、見るべき指標も、必要なデータも、結果の提示方法も変わってくる。現場導入においては、データ基盤の整備と並行して、教育目的と活用場面を明確に言語化することが重要である。
さらに、現場で学習分析を定着させるためには、「解釈の余地」を残しておくことも欠かせない。学習分析の結果は、しばしば客観的事実のように見える。しかし実際には、ログデータは学びの一部しか捉えていない。ログイン回数が少ない学生が、必ずしも学習意欲が低いとは限らない。提出時刻が遅い学生が、直ちに支援を要するとは言い切れない。対面授業やグループワーク、ゼミ、非同期的な学び、教室外での思考の深まりなど、ログに表れにくい学習は多い。したがって、数値だけで学生の状態や授業の質を断定することは危うい。学習分析は、教員や職員の判断を置き換えるものではなく、むしろ現場の経験知と組み合わせて活用されることで価値を持つ。分析結果を「読む」ための共通理解がなければ、せっかくのデータも、誤解や過剰反応を生む可能性がある。
この点に関連して、学習分析の導入は、システムの導入ではなく、教育改善の運用設計であると捉えるべきだろう。全学的に大きく始めるよりも、限られた目的、限られた対象、限られた指標から小さく始め、改善サイクルを回しながら運用可能性を確かめていく方が、現場にはなじみやすい。対象を絞ること、活用者を明確にすること、結果の読み取り方を共有すること、そして実際に授業改善や学生支援にどう返したかを確認すること。こうした地道な設計が、学習分析を一過性の試みに終わらせず、教育活動の一部として根づかせる。
弊学においても、必修科目の動機づけや、達成度の低い学生への介入など、教育における様々な課題が指摘されている。これらの課題に対し、学習分析の知見を踏まえた解決案を提示するため、学内予算(教育イノベーション)により三谷商事 CampusLAを導入し、LMSログの取得・分析基盤を整備しつつある。全学展開を行うためには執行部の判断が必要となるが、実証研究としての知見抽出と提供を行っていきたい。
学習分析を教育現場で効果的に展開していくうえで、今後重要になるのが、先行研究群が示している知見を現場に落とし込むための仕組みであると考える。研究成果は蓄積されつつあるが、それを学校管理者や教員が日常的な判断に使える形へ翻訳するプロセスは、まだ十分とは言えない。この点で参考になるのが医学分野である。イギリスのNICE (National Institute for Health and Care Excellence) は、医療・公衆衛生・社会的ケアに関するガイドラインを、利用可能なエビデンスに基づいて作成し、実装支援まで含めて整備している(1)。 また、日本医療機能評価機構はMinds事業(厚生労働省委託事業のEBM普及推進事業)(2)においてガイドラインライブラリを作成しており、Clinical Question(CQ)を軸に診療ガイドラインやQ&Aが整備されている。これにより、現場の医師や関係者は医療現場の課題に対する医学研究の成果に基づく解答を得ることができる。
学習分析の領域でも、今後はこうした「研究と教育現場の橋渡し」が必要ではないだろうか。すなわち、研究者が示してきた知見を、学校管理者や教員が参照しやすい「問いと対応」の形で整理し、現場での判断を支えるガイドブックとして編纂していくことである。たとえば、「初年次のつまずき把握にはどのような指標が有効か」「授業改善に学習ログをどう結びつけるべきか」「分析結果を学生支援に使う際の留意点は何か」といった、現場が直面する具体的な問いに応える形で知見を整理できれば、学習分析はより実践的な基盤を持つだろう。その実現には、大学と企業、研究者と実務者が連携し、研究知と実装知を往還させる産学連携が欠かせない。学習分析を教育現場に根づかせるために必要なのは、新しい分析技術だけではない。先行研究を現場の判断知へと変換し、共有可能な形で蓄積していく仕組みそのものである。
(1)https://www.nice.org.uk/what-nice-does/our-guidance/about-nice-guidelines/how-we-develop-nice-guidelines
(2)https://minds.jcqhc.or.jp/minds/about-minds/overview/
著者プロフィール
田村恭久(たむら やすひさ)上智大学 理工学部 情報理工学科 教授
学習分析学会 理事
ICT CONNECT 21 理事、技術標準WG座長